思考の練習 -Practice of thinking- INTERVIEW with SHIN HAMADA

 
 
  
やっと春の日差しが差し込み出した3月のこの日、僕は渋谷駅に向かっていた。今日は初の写真集が完成したと言う写真家・濱田晋に会いに行く。いつも自分の作品やZINEについて嬉しそうに話してくれる晋君のことだ、きっと今日もいい話が聞けるに違いにない。駅で落ち合い、挨拶代わりにガッチリと握手を交わす。「近くにいい感じのとこがあんねん」そう言って向かった喫茶店は、昭和のまま時間が止まったような良い寂れ具合。「ここのアイスコーヒー、シロップ抜きっにせんとめっちゃ甘いヤツ出てくるから気をつけてな」。晋君にそう言われ、3人ともシロップ抜きを頼む。
 濱田晋。写真家として雑誌や広告、Web媒体など数々のクライアントワークを行いながら、ライフワークとして写真や映像作品などの作品を作り続けている。その中の一つに『CHILL!』というZINEがある。3~4年くらい前に欲しくなって突然メールをしてみたら、すぐにそのZINEを送ってくれた。会ったこともなかったけれど、封筒に書かれていた少し丸みを帯びた優しい文字から、なんとなく彼の人柄が想像できたのを覚えている。それから会うようになって、濱田晋はその通りの男だった。
 そんな彼の初の写真集『Practice of thinking 思考の練習』が遂に完成した。それに伴い展示『思考の練習』が渋谷ユトレヒトで3/14(火)から行われる。様々な出会いの中から生まれたという今回の写真集。制作に至るまでの思いを聞いてみた。

 

 

 
Interview&Edit:MahiTo The People、Kaito Yoshikawa
 
 
ー今日は前にもらったZINEも持ってきたんすよね、『CHILL』。これで濱田さんのことも知って。

濱:これはショウスケっていう相方と2人で20歳の時からやってて。俺の創作活動の初期衝動的なものでは間違い無いけど、パーソナルなものとは違う活動のひとつだね。最初はNo.12ギャラリーで個展した時のおまけで作ったもので。でも20歳からやりだして、まだ20号ってだいぶゆるいペースだけど(笑)。どこかに置くとかでもないし、お金が貯まったら作る、みたいな。でも作るとやっぱりテンション上がる。3月にまた出そうとしてるんだけど。
ーで、初の写真集『Practice of thinking 思考の練習』ができたんですね。
 
濱:今までZINEとか映像作品しか作ってなかったから、写真集として本になったのが初めて。写真集だけど、ページ数はすごく少ない。
 
ーZINEと写真集の言葉の違いみたいなのはあるの?
 
濱:うん、あるかな。やっぱりZINEは手っ取り早く、即興的に作れるものっていうか。なんやったら最近は近所のフードコートにあるコピー機で作ってる。本はやっぱり、クイックに作れないし、何より自分一人じゃ作れないし。俺はそんなにいろんな写真集見たりはしないけど、やっぱり時間かけて作って、それが残るものになるっていいよね。ZINEだったらデザインから印刷まで全部自分でやるんだけど、今回はX-PAPE®っていう俺の好きなデザイナーに素材だけを渡して好き勝手やってもらって。俺がやったのは写真セレクトとタイトルだけだけど、それがすごい楽しくて。
 
ーこのタイミングで写真集作ろうかなって思い立ったのはなんで?
 
濱:これはZINEじゃなく本にしたいなって。単純に本になったのを見てみたいなって思ったんだよね。
 
ーでも今回はZINEより少ない10部限定なんですね。
 
濱:そう、10部だけ。写真集とZINEの違いはお金がかかるっていうのもあるかも。今回の写真集も販売価格は税込み7560円なんだけど、一冊作るのに7000円かかってる(笑)。何万部刷って、流通させて、地方の本屋にも下ろして…ってロットが増えれば安くつくれるのかもしれないけど今回はそうはしなかった。作品として、まずは全部にナンバリングして10部だけ。地方巡回したり、次はここで展示やりたいなっていうのがあれば、セカンドエディションも作るかもしれない。なんでかっていうと、製本作業を長野にいる職人の方が一人で一つ一つ作ってるからそんなに作れない。写真の質感がかなり特殊で、今回デザインを頼んだX-PAPE®さんも、機会があれば試したかった手法にしているから、物体としても面白いものになってると思う。

photography by hamda shin

ー写真を見た感想を言うと、何かを撮ってるわけでは無いんだけど、何かが写ってるていうか。無機的なんだけど、それはインダストリアルではなくて、全部温度感があるのが不思議だなって。抽象的な言い方だけど「なんか気になるな」っていうのを感覚的に撮ってる。それを自分で鏡みたいな感覚で見たかったのかなって。
 
濱:少し前に『顔の見えない広場にて』にっていうZINEを作ったんだけど、それが割と、自分の中で感覚が楽になったっていうのがあって。
でも、今回の写真集から展示までの全部につながる話でいうと、俺は美大も出てないし、ちゃんと誰にアシスタントとしてついて写真を勉強したとかでもなくて。写真史の中に“居ない。居れない”っていう後ろめたさがずっとあって。好きな写真家は誰で、あの作品が好きで、この写真集が良いんだよねとかっていう知識もなくて。どっちかというとインスタレーションだったり、絵描いてる人が好きだったりするし。それもあって後ろめたさがずっとあったんだよね。そんな時に出会った3冊の本があって。
 
 まず一つは社会学者の岸 政彦さんっていう人が書いた「断片的なものの社会学」っていう社会学の本。これを読んで、俺がやってることは写真史の中に入りたいからやってるってわけではなくて、”写真を撮る”ってことが、自分が生きていくことの態度なんだって分かったんだよね。作品をコンセプチュアルに作りました、とか、こういう考えでやりましたとかじゃない。生活とか、生きてるっていう中で、撮ることが自分でも肯定できるし、周りの人にもわかりやすい態度だなって思って。岸さんは小説も書いてて、今日持って来たのは『ビニール傘』っていう本。
名古屋の南山大学に「ホモ・サピエンスの道具研究会」っていう人類学者3人組のチームがいて。勉強として考える社会学ではなくてすごく面白いなぁって思った人たちで。今回の写真集の寄稿文もそのメンバーの一人、木田歩さんに書いてもらった。これがそのチームの本。『世界をきちんと味わうための本』。最近になると、「ここにないもの」っていう哲学の本にも出会って。これもね、スゲーいい。
こういうものと出会って気づけたことがあって、今までは被写体をどこかに探してたけど、それはどこにでもあるっていうこと。要するに、それは風景で。と言っても海とか山みたいな壮大なスケールじゃなくて、日常のなんでもないようなことだったり、どこにでもあるもの。さらに言ったらみんなに平等に置かれてるものだから、それをもっと感じるようになったんだよね。スナップって言ったらスナップなんだけど。
 
ーでもみんなが思う「スナップ」とは少し雰囲気が違うもんね。
 
濱:そう。写ってるものが全部ではないっていうか。なんでこの車のシーン撮ったんですか?なんで穴の空いたジーンズ撮ったんですか?じゃなくて、そこにある風景の中で、それを自分が選んだだけ。選んだ理由っていう話より、なんで撮ったかを、撮ってから考えることもあるよなって。そういう意味で、考えることを考えるっていう『思考の練習』なんだよね。

photography by hamda shin

ー実際に『写真集』っていう作品にして思ったことはある?
 
濱:うーん、楽になった。楽になったし、撮るってこと自体がもっと楽しくなった。そういうことも、さっきの本に出会えないと分かんなかったんだと思う。
 「ホモ・サピエンスの道具研究会」の人たちと話したことがあるんだけど、その時に「こんなことずっと考えてたら頭おかしくなっちゃうから、いる時だけこっちにいるのがいい。でもいすぎると、普段の世界に戻れる頭の思考がなくなっちゃうから、そのバランスが難しいですね」って。それは俺はすごい分かって。今までは、後ろめたさの気持ちがあったぶん、コンセプトっぽいものじゃないとな、とか、何々をこうして、みたいに説明できないとダメなんだろうなって思ってたけど、それがなくなった。もちろん説明するって言うのは大事なんだけど、ちょっと違くて。
 
ーこの本に出会ってから撮る写真が変わったりした?
 
濱:気づけたことで自分の感覚が楽になっただけ、なのかも。前回の展示『それから and then』でON READINGで展示した時に、「ホモ・サピエンスの道具研究会」の人が来てくれたの。そしたら、「やっぱ、これ撮るよね~。ここ見るよね~」って言ってくれて(笑)。
 
ー近いものがあるんだね。写真はその瞬間を撮るっていうことから絶対避けられないジャンルだと思うけど、究極言うとこの1秒後でも先でもあんま変わんないと言うか。でも濱田さんの写真からは、温度感とも近い感覚だけど、ここにあるのが奇跡的に思えるような、ちゃんと存在してる感じがあって。撮ってるときの感覚ってあるの?この前後に何枚もとったりとか。
 
濱:一緒の画を2枚撮るくらいかな。写真自体を引き延ばしたりするのがあんま好きじゃないから、もうちょっと寄ろうかな、引こうかなくらい。撮ってるときに、これはいい写真になるぞ!っていうのはもちろんなくて、ただ思った時に撮る。でも後からまじまじと見返して、これはこうだってなることもなくて、撮りたい時に撮ったっていうことなのかなって思う。それが態度っていうか。でも、なんでこれを撮ったって考えることは大事だから、結局は俺も練習中なのかもね。
 
ータイトルにもなってる「思考の練習」に、答えはありうるのかな?
 
濱:結果、私はこうなりましたっていうことはないと思う。考えることを考えようとすることに気づくこと、これが自分の中に出たっていうことが答えになりうるのかな。町の見え方も全然変わってくるし、一人で歩きながらでも、すごい楽しくて。何にも考えない人がいるんだとしたら、俺の方が面白いのかなってのは思う。なんの得にもならないかもしれないけど。
 だから写真集も、展示も、見てくれた人にとっての”気づき”になればいいなと思ってる。俺も、こうやって町を見ようとか、今いることは不思議なことなんだよってことではちょっと違くて。
 
ーそっちまで行っちゃったらスピリチュアルに入っちゃうもんね。
 
濱:そうそう。だから、その気づきってところかな。なんにも感じてなかったらそれでいいし、もっと俺が想像だにもしないイメージをするんだったら、それはそれでいいし。音楽もしかりだと思うけど、表現活動をするって、結局見る人によって全部変わってくる。俺は今回の写真集や展示に関して、こう思って欲しいとかは特にない。だけど俺が思ってることが伝わればベストだなって思う。
 
ー今言ってるのが、今回の晋君にとっての出口なんだよね。同時に入り口でもあるかもしれないけど。
 
濱:うん、だから展示の空間はいい感じになると思ってんねん。そんなにたくさんの枚数出すわけではないけど、壁面には写真集にないトーンの写真もあるし、テキストも書いたし。今後も、変に確立しようとしてるわけじゃないけど、俺には俺のラインで、できることがあるかもしれないなってぼんやり思ってるんだよね。
 
 
 
 
濱田晋
 
 
-企画展示- 
『 思考の練習 』
場所・Utrecht (東京都渋谷区神宮前5-36-6 ケーリーマンション2C)
期間・3/14(火)-3/20(月・祝)
時間・12:00 - 20:00
 
『Practice of thinking 思考の練習』FirstEditionも10部限定で販売。
著者:濱田 晋
価格:7,000円(税別) 判型:B4変形 デザイン:X-PAPE®︎